2024年11月05日掲載
今回ご紹介する「手と目で見る教材ライブラリー」は、普段は触って確かめることができないモノを、縮尺立体模型や“触る絵”を触って確かめることができる施設です。
視覚障がいのある編集部員が「手と目で見る教材ライブラリー」を体験し、この施設を開設した大内さんにお話を伺ってきました。
ぜひご覧ください。
大内進さんのプロフィール
筑波大学付属視覚特別支援学校で教員を務めた後、神奈川県横須賀市にある独立行政法人国立特別支援教育総合研究所の視覚障害教育研究部に転勤し、研究職に就きました。
仕事をしているうちに、触覚に興味を持ち、個人的に触覚教材や模型などを収集し始め、退職を契機に高田馬場で「手と目で見る教材ライブラリー」を開設しました。
視覚障がい者と“絵”の距離を縮めたい
国立特別支援教育総合研究所で研究員をしていた大内さんは、イタリアの先進的なインクルーシブ教育を調査していました。
調査の中で、絵画を視覚障がい者にも知ってもらうための取り組みがあると知り、そこで出会ったのが“触る絵”でした。
この出会いに、大内さんは、鞭で打たれたような衝撃があったと言います。
「日本の視覚特別支援学校では、視覚障がい者に絵画は関係ないという発想が根底にある。けれど、世の中に絵は存在する。見える、見えないに関わらず。それを、無いことにしてしまってもいいのかと思ったのです。」
そこから、大内さんは日本にも“触る絵”を広める活動を始めました。
“触る絵”は、絵に描かれている内容を半立体的に翻案(注)したモノです。触ることで、その絵の中にどんなモノが描かれているかを知ることができます。
実際にモナリザを触った当事者はこのように言っていました。「デコボコくらいだと思っていたが、そのレベルではないほど盛り上がっていて、まさに“半立体”。背景と主題がはっきり分かれていて分かりやすかった。」
(注)翻案:既存の著作物の趣旨を生かして新たに作ること。
しかし、“触る絵”ができるのはあくまでも、“それがどんな絵かを体感すること”まで。
晴眼者と同じレベルで絵画鑑賞が可能かというと、そうではなく、あくまでも共通点を増やすことが目的です。
例えば、小説に絵が登場したときのイメージのリアルさ、晴眼者との雑談の中など、知識の引き出しが増えることで、日々は少し豊かになると“触る絵”は教えてくれます。
イタリアの美術館では、絵画の横に“触る絵”が設置されているところが多くあり最後の晩餐やヴィーナスの誕生の横にも“触る絵”が展示されています。
同じ空間にあることで、目の見える人と見えない人がコミュニケーションを取れるのです。
日本では、さまざまな理由から“触る絵”が導入されている美術館は極めて限定的です。しかし、最近では障害者差別解消法の改正などを受け、“触る絵”の必要性が多くの人たちに理解されるようになってきました。
なくても済む。けれど、あることで世界の質はもっと高まる
その中で特に印象深かったのは、「法隆寺」の縮尺模型。
中門から講堂まで、囲うような回廊の作り、五重塔と金堂の配置も精巧に作られた模型は、俯瞰的(ふかんてき)に理解できるため、全体の位置関係を詳しく捉えることができました。
利用方法の一つとして、現地に行く前に模型に触っておきます。そうすることで、実際に行っても、「今歩いているのはこの辺かな」と空間を想像することができて楽しみが広がります。
視覚特別支援学校では、修学旅行で名所を見学するにあたって、「手と目で見る教材ライブラリー」を利用することが多いそうです。
ニーズや目的に応じて、全国の視覚特別支援学校に貸し出しも行っています。
貸し出すモノは、歴史に関係するモノも多いですが、それだけに限りません。
例えばプロ野球12球団のホームスタジアムの模型。
それぞれの特徴や違いを知ることで、野球のラジオ実況を聞く時に楽しみ方の幅が広がるだろうと持って行ったこともあるそうです。
「なくても済む。けれど、あることで世界の質はもっと高まる」と大内さんは言います。
触ることでより豊かに
「モノの概念化」も、模型を触ることで得られる重要な情報です。
名前の知らないモノを言葉で説明することは難しく、認識に齟齬が生じることもあります。しかし、実際に触って「この形が○○」と認識することで、「法隆寺の本堂は○○屋根」と言われるだけで、どういった形か容易に想像できるようになります。
触る力は子供の頃から鍛えていくことが大切です。
なぜなら、慣れている人とそうでない人では、捉えられる情報の質と量が大きく違うからです。また、今まで触った経験のないモノは触っても何かわからない上に、触って確かめられないモノもたくさんあります。
「モノを触る機会を作ることが重要であり、触れないモノをどう触れるようにするかが、視覚障がい者の近くにいる人の大きな役割なのではないかと思う。触れるモノがあれば、日々はより豊かになる。そして、その役割の一部として『手と目で見る教材ライブラリー』をやっていきたい。」と大内さんは言います。
視覚障がい者(全盲)の編集部員からのコメント
大内さんの説明の中に、イタリアの美術館では絵画とは別に手で触ることができる模倣品も一緒に展示されているとあり、日本も、視覚障がい者の美術館進出に力を入れてほしいと強く思いました。そうすることで、晴眼者との差が埋まるだけでなく、視覚障がい者の娯楽の幅が広がると思いました。
今回たくさんの作品を触りましたが、特に印象に残ったのは喜多川歌麿作の「姿見七人化粧」です。鏡と対面した女性を後ろから描写した作品ですが、女性の後ろ姿、鏡、正面からの姿がそれぞれ高さ違いで立体的に作られてたことにより、当時の、1人の人間の全体像を表現する独特の手法が触るだけで理解できました。