発達障がいを体感するVR研修パッケージで当事者への理解を高め、共生できる社会づくりにつなげる

写真:4人の人物。そのうち1人がVRゴーグルを着けて映像を体験している。

みなさんは、「発達障がい」がどのようなものであるかご存じですか?発達障がいとは、脳機能の発達に関係する障がいのことです。発達障がいがある人は、他人との関係づくりやコミュニケーションが苦手な傾向があり、「自分勝手」、あるいは「変わった人」「困った人」と誤解されてしまうこともあります。
そんな中、バーチャルリアリティ(以下、VR)の技術を活用し、発達障がいの特性を当事者目線で体感し、理解を深めるための「発達障がい体験研修VRパッケージ」が開発されました。今、こちらのVRパッケージは、学校やオフィスでの相互理解を目的とした研修ツールとして拡大しつつあります。

今回は、一般社団法人日本発達障害ネットワーク(以下、JDDnet)と共同で開発し、研修を実施している株式会社NTT ExCパートナー(エヌ・ティ・ティ エクシーパートナー)の石原愛さんと浅野勝紀さんのお二人に話を伺いました。

4つの発達障がいをVRで体感し、当事者目線で捉えた設計を追求

株式会社NTT ExCパートナーは、人材開発や企業向け研修、映像制作などを手掛ける企業です。JDDnetとの共同開発のVRパッケージは、2023年3月、学校関係者などを主な対象として「学校編」を皮切りに、2024年6月に「オフィス編」の提供もスタートしました。
「VR映像は240度の視野があるので、自分で頭を動かしながら周りを見渡すことができます。自分がその場にいるような没入感があるので、発達障がいの理解と知識の定着に効果的なのが特徴です」と説明するのは、映像コンテンツ制作などを担当するDXソリューション部の浅野さん。
マーケティング部の石原さんは「現在、発達障がいを理解するために特化したVR研修プログラムを提供している企業は数少なく、弊社もその一つです。私たちは企業・団体向けの研修のノウハウがすでに備わっているので、発達障がいの専門家であるJDDnetと一緒に、お互いの強みを最大限に活かした開発を進めることができました」と語っています。

発達障がいにはさまざまな種類がありますが、こちらのVR研修プログラムには、次の4つを組み込んでいます。

  • ・ADHD(注意欠如・多動性障がい)
  • ・ASD(自閉スペクトラム症)
  • ・LD(学習障がい)
  • ・DCD(発達性協調運動症)
写真:VRゴーグルを着けて空中に指をさしている人物。それを囲う4人

研修・映像のノウハウを活かして専門家と二人三脚で開発

発達障がいVR研修プログラムの開発のきっかけについて、石原さんは次のように語っています。
「発達障がいは注目されることが増えていますが、見た目だけでは何に困っているのかわかりづらく、周囲の人たちもどうやって対応すれば良いか戸惑うことも多いようです。私たちは、このような現状を踏まえ、視覚障がいやパワーハラスメントの体験研修VRパッケージの制作経験を活かしながら、開発の新たなテーマとして発達障がいに着目してみました」。

2022年文部科学省の調査によると、小中学校の通常学級に在籍している児童生徒のうち、特別な教育的支援を必要と判断されている小学生および中学生の割合が8.8%程度いると推計されており、そのうち学校として特別な教育的支援が必要と判断されている人は約3割という結果でした(注)。

このような社会的背景を受けて、学校の教職員、教員を目指す大学生、発達障がいの支援に関わる自治体職員や団体の関係者を開発ターゲットとして定め、「学校編」の開発に着手。「学校編」のリリースがされた後、メディアや発達障がいの啓発イベントなどで紹介され、次第に注目されるようになったそうです。

「学校編をリリースしてから、『オフィス編はありますか?』と問い合わせをいただくようになったので、オフィス編も開発する運びとなりました」と浅野さんは語っています。

(注)文部科学省 「通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査結果について」(2022年12月)

当事者目線を追求したリアリティのある編集を意識

VRパッケージはいくつもの工夫がなされており、その中で特徴的なのが、当事者の感覚を疑似体験する「主観視点」のVR映像です。例えば、オフィス編にはASDの感覚過敏の一例である「光や音に敏感」を再現するための工夫が施されています。具体的には、発達障がいのある人が職場のサーキュレーターの音に悩むシーンを取り入れました。その音を「主観視点」の映像のときだけ大きくしたことで、不快感に落とし込む編集がなされています。また、LDの特徴である読字障がいのケースでは、教科書の文字が二重に見えたり、教科書が渦を巻いているように見えたりする映像効果を施しました。

このような音声や映像の編集においては、発達障がいのある人の表情や話し方などに精通したJDDnetの専門家からドラマ部分のシナリオのチェックや、演技指導などきめ細かなアドバイスを受けています。また、JDDnetからの「世間的に知られていない特性も取り入れてほしい」という要請を受けて、DCDの特性も組み込みました。ちなみに、DCDの特性は、手や足、目など、身体の複数の部分が連携する協調運動が苦手な傾向です。例えば、文字を書くことや洋服のボタンをはめること、なわ跳びやスキップすることなどの動作を難しく感じられることがあります。

イメージイラスト:耳をふさいでいる人物 ASD:光や音に敏感

イメージイラスト:本を開いて困っている様子の人物 LD:文字が読みにくい

イメージイラスト:本を開き困っている様子の人物。横には本が何冊も積まれている DCD:強調運動が苦手

一方で、研修の反応を踏まえて、途中で変更した箇所もあります。学校編の研修を実施した際に「実際にはどのように対応すればいいのですか?」という質問を多く受けたと石原さんは語ります。そこで、オフィス編の開発にあたっては、「こういう対応方法があるよね」といった具体例や、逆に「こういう対応は避けるべきだよね」といった注意点を振り返りながら、VRドラマの中で細かく表現できないかを入念に考えながら制作を進めました。
例えば、オフィス編に組み込んだADHDの多動性・衝動性である「目についたところから次々と手をつけて、やるべきことを忘れる」という特性は、頼まれた仕事を先に手をつけても、その前に約束していた仕事が期限内に終わらなくなるシナリオを描いていました。のちにこのシナリオには「数日先の期限の仕事をいくつかの段階に分けて付箋にメモし、それぞれの段階が終わるごとに報告する」という回避策を加えた設計にしています。

当事者の理解につながる体験研修で得た気づき

実際の研修では、数十人の参加者が一斉にゴーグルをつけてドラマ形式のVR映像を見たあとに、自分が同僚の立場ならどうするかなどをディスカッションします。その後、JDDnetの専門家が望ましい対応や、望ましくない対応などを説明する流れで、このプロセスを2~3の映像について繰り返し、質疑応答を含めて60~90分で実施します。

イメージイラスト:VRゴーグルをかける人 VRで疑似体験

イメージイラスト:テーブルを囲み話し合う4人 ディスカッション

イメージイラスト:ホワイトボードの前に立つ人物。その手前にテスクに座る2人の人物 専門家による説明

実際にプログラムを体験した教職員からは「当事者がどのように感じているかが理解できたので、もっと寄り添ってあげたいと思うようになった」「当事者の立場を知る試みとしてVRを活用するのが効果的だと実感し、感銘を受けました」などのうれしい声をいただいたそうです。

発想の転換で新しい働き方を見つけるきっかけにつなげていく

開発や提供、研修に関わっていくうちに、石原さんと浅野さんもそれぞれ新たな気づきを得たそうです。
「私が子どもの頃に、『ちょっと普通と違う』と思っていた子はいましたね。今、考えると、発達障がいがある子だったかもしれません。今回のプロジェクトを通して、発達障がいは、自分の周りにあることだと改めて考えるようになりました」と、石原さんは子どもの頃を振り返りながら語っていました。

一方で、浅野さんは研修を実施したことで、新たな気づきを得たそうで、「研修を実施してみて、想像以上に多くの方が悩んでいることに気づかされました。実際に、研修後に『先生に相談しやすくなった』と喜ばれるケースもあり、研修を受講することで、悩みを抱え込まずに相談するきっかけを作れるのだと思います」と語っています。

写真:VRゴーグルを手に持って話している様子の浅野さん

なお、オフィス編は、企業のダイバーシティ研修の一環としての活用も視野に入れています。発達障がいにまつわる多くのケースを収録していることから、階層別研修で異なるケースを見ることや、毎年実施して取り上げるケースを変えるなどといったアレンジも可能です。

DCDの映像では、書類を揃え、穴あけパンチを使ってファイリングする作業が不得手ということに気づいた同僚が、「その作業をできるだけ他の人がやるようにしましょう」と提案するシーンがあります。その中で、「印刷する作業を減らせば、業務の効率化にもつながる」という新たな気づきも得られるというシーンも描かれています。単純に、DCDのある人の担当作業を減らすという流れで終わらず、相手の気持ちに寄り添った対応策を提案し、それをチーム全体の業務効率化につなげていく方法が示された演出にしています。

最後に石原さんはこう語っていました。
「研修を通じて、発達障がいの特性を理解し、どうすればお互いに気持ちよく働いていけるか、発想を転換するきっかけにしていただきたいと思っています。まだ構想の段階ですが、e-ラーニング形式でも展開して、より多くの方たちに研修を受けていただきたいです」

写真:VRゴーグルを手に持って話している様子の石原さん

今の時代、発達障がいの情報は比較的簡単に入手できますが、やはり文字情報だけでは、新たな気づきや深い理解につながらない場合があります。「発達障がい体験研修VRパッケージ」の導入で、従来よりもより深い理解が得られるでしょう。

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